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“クレイ・ワーク”の外部に立つもの

   これまで何度かの機会に書いてきたことに加えて、それらとは別の角度から星野暁の作品について触れてみたい。それは、結論的にいえば、星野という制作者(ものを作る人)の誕生の瞬間に立ち会うということである。残念ながら、作者と対象の間で引き起こされるもっともスリリングで、ある意味ではエロティックなこの瞬間に、言葉(他者)は立ち入ることが出来ない。なぜなら、作者が対象との間で交わすこの瞬間は、言葉(批評的契機)を失わせるほどに自己還元的で濃密な時間/空間に裏づけられており、それ自体、外部からの視線を不能にするかのように現象するからである。

 制作者にはおよそ存在していなければならないこの時間/空間は、常時比較的間断なく働く場合と、制作者の活動総体をすっかり変えてしまうほどの衝撃的な何かとして降り注ぐ場合とがある。作家の多くは必ずこうした二様の時間/空間に支配される制作過程をもつものだろう。要は、それらがとりわけ後者の時間/空間において、どれだけ本源的なものとして立ち現れるかどうかである。逆にいえば、その時間/空間において、本源性そのものを作家がキャッチできるかどうかである。

 制作の時間/空間におけるこの本源性のキャッチはアンビヴァレントなものである。それはときに自己還元的で濃密な時間/空間から外れ、それ自体を崩壊に導き、まったく別な意味や軌跡をそこに引こうとする。それは常態としての制作の時間/空間を、まったく意味のないものに変換してしまうほどのドラスティックな衝撃をともなうものである。捨て身的な賭けであり、自己崩壊的なジャンプのことでもある。そこにバタイユ的なエロティシズムと死の関係のかたちをみてもよい。

 素材としての土ではなく、“物質としての土”との出会いは、星野を語るうえで欠くことのできない“本源(本質的出会い)”である。この出会いがより本質的であるのは、星野の内在的な過去の価値観の延長線上にないことによる。それは過去を捨て去る勇気をもった、というような常態の時間/空間で発想されるものではない。過去の価値観はおろか自己の存在をも空無化してしまうような決定的時間/空間がそこに流れたということである。しかも抗しようもない“外部”として、何かが彼を襲ったことがより本質的なのである。

 土を素材から物質に導いた現象(圧倒的な外部の到来)は、1986年に星野のアトリエを襲った山津波のことである。長いがこの翌年になってようやく書かれた文章を引用してみる。「一つの異変があり、その混沌の中に投げ出された時、人間は自らを核として、このカオスに“渡り”をつけていく。関係を探り、意味を見出し、新たな秩序を構築しようとする。突然のカタストロフ。この世界から決して排除して考えることのできない事実。そのようにある世界。死が必ず来るように異変がある。これをも包含できる秩序が考えられないか−−。名状し難い死、異変に対して人はあえて言葉を与え、了解を試みる。しかし、与えられた言葉の端々からこぼれ落ちていく事実。秩序を構築したいと思う人間と、それを無限に裏切る宇宙の混沌。この果てしない葛藤。しかし、その都度つけられなければならない“渡り”。」(『現代の眼』1994年11月号、通巻480号、東京国立近代美術館、原文は改行あり)

 ここには星野暁のその後の作品展開のすべてがすでに現れているといってよい。アトリエを一瞬のうちに飲み込んだ山津波は、土という対象化された存在としての位置づけから外れ、それ自体が想像を絶するエネルギーをため込んだ宇宙のメタファーとなる。当然、土の手作業としての対象(素材)性は失われ、土は身体の総体をぶつけてもどうにもならない圧倒的な存在性を持って星野を襲ったのである。そのエネルギーに抗うのは不可能だ。だが、それに秩序をつけたいという人間の意志の働き。それらの拮抗関係が黒陶の鈍く光る物質にひとつひとつ刻印されている。

 土は星野にとって世界と接する境界領域である。そこはまた秩序と混沌が交錯する場であり、記号化されていない本源的な身体が働こうとする場であり、身体と物質が非対称的にぶつかろうとする場であり、つねに内部と外部が妥協することなく格闘する空間のことである。その空間を感得したときから星野暁は、現代陶芸の革新者という共同体の外部に存在する自己、すなわち本来の作家性をみいだしたのである。

    谷 新(美術評論家)