<泥の波の洗礼>

その波は山から押し寄せて来たから、洗礼は泥水によって行われた。



山の音が終わりの時を告げ、混沌の海へ船出を促す。



激しく雨に打たれた山肌の層の部分はすべて崩れ去り、
眼下にコペルニカス以前の泥の広がりをむ。


古層の残像に触れて、地質の記憶を遡るとき、

我等の命が、遙か中生代白亜紀末に絶滅した恐竜と同根にあることを憶い起こす。


を乱して渦巻く泥は、

松葉で燻され、夜の海のさざ波と化して静まる。


やがて沈澱が始まり、泥は水と土とに分かたれ、柔らかな粘土が指先に触れる。


一握の粘土に激しく指が押し込められる時、モンテヴェルディのアリアの歌声にも似て、
それは、まろやかに
震動えながら始まりの形を開く。

                            

土と手の果てしない交感のから立ち上がる土柱は、
寄せては返す波の律動をその肌に刻みながら、イメージのヴェールを身にまとう


揺れるヴェールはイメージからイメージへ、転移し、変形し、加速して流れ去る。



夜の果ての夢想の旅が終わる時、
土器を積み重ねて焼き上げる窯の火の光である暁が、泥の海の向こうから訪れる。


                                                            星野 暁



(シリーズ解説)


表層・深層

可視の部分は世界のほんの一部に過ぎず、世界を支えているのはその背後に隠れた不可視の大部分にある。
 ちぎった新聞紙の上に被さるように土を薄く延ばし、新聞紙を剥ぎ取ると土の薄い層が現れる。それを大地を切り取ったかたちの台形の上に幾重か重ねたとき、「表層・深層」の構造に辿り着く。表面に水平に広がる薄い波形の一層一層が、見る人の視線を逆に垂直方向に、つまり見えない深層へと導いてくれる。黒陶による黒もまた光を吸収する働き同様、見る人の視線を深く内部へと誘う役割を担う。
            
                    

                                                         (星野 暁)

Temporary Style》(仮の姿)

 塗られた土は時間と共に乾き、その相貌を変えていく。土を支える金網も、巻かれた曲面が使われることで、“動き”が加わる。一方、仮留めされた形態や仮設の空間設置は、作品が一時的なものであることを示す。いずれも「変化」を前提にした、その場かぎりの「仮の姿」である。
 仮留めに使われているスティックは、女性の結われた髪を留めるカンザシのようなもので、それを抜き取ると、形は崩れ、姿も消え去る。従来のモニュメンタル(永遠不滅)の彫刻とことごとく反対の要素から成り立つ作品である。                                                                                                                                             (星野 暁)


Appeared Figure》(出現する形象)

 土に新聞紙、土に金網に代わって土に手(身体)が関与して立ち現れる形である。手は身体の一部であるから、たとえ無意識に押された指跡といえども新聞紙や金網によって起こる現象とは違い、身体にまつわる様々な要素がそこに込められる。触角性やイメージ性もそのひとつで、子供がするように不定形な土塊が無秩序に指で押されるとき、近ずけば夥しい指跡の触覚的表面、遠ざかればその全体からゆらぎつつ形やイメージが立ち上がる。あらかじめ特定の形への意志は無く、新たな形象の生成に立ち会う・・・・という態度である。その形象は雲のようにおぼろげながら、見る人に様々なイメージを誘発する。言うならばイメージの原基といったもの。作品は最終的に見る人の想像力に委ねられて完結する。                   

                                                         (星野 暁)

黒陶について

 黒陶は、粘土による成形物が約700℃〜900℃で素焼きされた後、煙で燻されると、その吸水性によって炭素が吸い込まれ、漆黒に焼き上がる。煙が染み込むのだから、煙で染め上げる、、、、、と言っても良いだろう。古代の土器に広く見られる焼成技法だが、今日でも日本各地で焼かれている黒瓦が同様の技法によっている。釉薬は使わず、黒く艶のある表面を得るために、半乾きの時、滑らかな石や鉄べらで磨く。ヨーロッパでは古くから粒子の細かい泥しょうを塗ることで艶を出すテラシギラータが用いられている。燻しには煙のよく出る松葉やおが屑などが用いられるが、現代ではガスや廃油(使用済みのエンジンオイル)なども使われる。
 黒色の特徴は光を吸収する点にあるが、光によってものを見る人間の目もまた吸収される。従って磁力を持つ色とも言える。表層・深層では、見えない内部、深層に見る人の視線を導き入れるために、Appeared Figure》(出現する形象)では、新たな形象(秩序)が生成される場である混沌、つまりブラックホールのような闇の状態を設定するために黒陶を用いている。         
                                    (星野 暁)